詩経

詩経

詩経とは

詩経(しきょう)とは中国最古の詩集です。BC12世紀~BC6世紀、約600年間の詩が305編集められています。孔子(こうし…BC551~BC479)が整理してまとめたと言われ、風(ふう)・雅(が)・頌(しょう)の三つに分かれています。

詩経の構造 「風・雅・頌」

詩経の三つの構造ですが、まず「風」というのは「国風」、黄河流域の15の国々の民謡を集めたものです。詩経全体の半分以上、160編あります。

「雅」は「朝廷の音楽」という意味です。小雅と大雅があり、朝廷の宴の歌、軍の歌、農事の祝宴の歌など、全部で105編あります。

「頌」は「先祖をたたえる歌」という意味です。周の先祖をたたえる「周頌」、魯の先祖をたたえる「魯頌」、殷の先祖をたたえる「商頌」の三つがあり、全40編です。

詩経の作者

詩経の歌はいずれも作者不詳で、民衆によって素朴な思いを素朴なままおおらかに詠われたものです。もともとは古代祭祀の中で神を降臨させ、その神と祭りを楽しむ歌、幸せの祈りであったと言われています。

詩経はなぜ儒教の経典になったのか

この民衆の素朴な歌謡がなぜ儒教という、なんだか偉そうで仰ぎ見なければならない感じがするモラルの教えの経典になったのか…孔子は詩経について「思い邪(よこしま)なし」とその心映えの純粋さ清らかさを称えています。これは何篇かの詩経を読むと素直に納得のいく指摘です。読んでいてとても心地よいのです。

春秋時代から戦国時代にかけて、他国と交渉をする際、外交官は自国の主張に近い内容の詩経の詩を選んで歌い、相手も同様に詩経から選んで返事をしたと言います。なんとおだやかで品のいい外交交渉でしょうか。

詩経のリズム

詩経のリズムは基本的に1句(1行)4字で「四言詩」と呼ばれています。4字の中身は2+2の構造になっているものが多いです。

代表的な詩経の詩

それでは『詩経』の中の代表的な作品を下に二つ挙げましょう。

詩経の代表的な作品-1『桃夭』

『桃夭』の原文

桃之夭夭

灼灼其華

之子于帰

宜其室家

桃之夭夭

有蕡其実

之子于帰

宜其家室

桃之夭夭

其葉蓁蓁

之子于帰

宜其家人

『桃夭』の書き下し文

もも夭夭ようようたる

灼灼しゃくしゃくたり其の華

の子とつ

其の室家しっかよろ

桃の夭夭たる

ふんたる有り其の実

之の子于き帰ぐ

其の家室に宜し

桃の夭夭たる

其の葉蓁蓁しんしんたり

之の子于き帰ぐ

其の家人によろ

『桃夭』の現代語訳

みずみずしい桃よ

花はなやかに

娘さんはお嫁に行く

きっと嫁ぎ先の良いお嫁さんになるだろう

みずみずしい桃よ

実はずっしりと

娘さんはお嫁に行く

きっと嫁ぎ先の良いお嫁さんになるだろう

みずみずしい桃よ

葉はふさふさと

娘さんはお嫁にいく

きっと嫁ぎ先の良いお嫁さんになるだろう

詩経の代表的な作品-2『関雎』

次にこれも非常に有名な『関雎かんしょ』を見てみましょう。

『関雎』の原文

関関雎鳩

在河之洲

窈窕淑女

君子好逑

参差荇菜

左右流之

窈窕淑女

寤寐求之

求之不得

寤寐思服

悠哉悠哉

輾転反側

参差荇菜

左右采之

窈窕淑女

琴瑟友之

参差荇菜

左右芼之

窈窕淑女

鐘鼓楽之

『関雎』の書き下し文

かんかんたる雎鳩しょきゅう

河のに在り

窈窕ようちょうたる淑女しゅくじょ

君子の好逑こうきゅう

参差しんしたる荇菜こうさい

左右にこれもと

窈窕たる淑女は

寤寐ごび之を求む

之を求めてざれば

寤寐ごび思服しふく

ゆうなるかな悠なる哉

てんてんはんそく

参差しんしたる荇菜こうさい

左右にこれ

窈窕たる淑女は

琴瑟もて之を友とす

参差しんしたる荇菜こうさい

左右にこれ

窈窕たる淑女は

鐘鼓しょうこもて之を楽しましむ

『関雎』の現代語訳

カンカンと鳴くみさごは

河の中州で対で鳴く

しとやかな乙女は

君子のよきつれ

水辺に茂るあさざは

右や左にこれを採る

しとやかな乙女は

寝ても覚めても想われる

求めても得られぬのなら

寝ても覚めてもこれを想う

長い長い夜を

寝付かれぬまま寝返りばかり

水辺に茂るあさざは

右や左にこれを摘む

しとやかな乙女は

琴を弾いてこれに親しむ

水辺に茂るあさざは

右に左に選ぶ

しとやかな乙女は

鐘を鳴らして喜ばそう

この詩は『詩経』のトップバッター、ページを開くと最初に出てくる詩で、「風」に属します。

孔子の高い評価を受けた詩経の中でたった1首具体的に名前を挙げて言及されているのがこの『関雎』(かんしょ)で、表現が極端でなくちょうどよいところに納まっているさまがほめられています。

内容は、男性が美しくしとやかな淑女を求める求愛の歌です。生々しい感情というより、対象に対して一歩距離を置いた品の良い愛の告白です。

みさごやあさざなど背景に選ばれた鳥や植物がピンと来ませんが、これらは祈祷と関係があると言われています。

窈窕淑女という漢字がとても美しい。

歌手の一青窈さんはお父さんが台湾の方だそうですが、おそらく詩経のこの句から名前をつけたのでしょう。台湾の漢民族が子供に儒教を学ばせていたことが伺われます。

この詩は今から数千年も昔の詩でありながら今もいくつもの表現が使われています。

参差(ふぞろい)・寤寐(寝ても覚めても)・求之不得(求めても得られない)・ 輾転反側(寝返りを打つ)・琴瑟(夫婦仲)など。詩経が昔からずっと人々に愛され親しまれてきたことが伺えます。

昆曲の『牡丹亭』に、主人公の美少女が侍女とともに家庭教師の老先生から授業を受ける場面がありますが、そこではこの『関雎』が教材になっています。

最近人気の中国テレビドラマ『歓楽頌』は上海で働くおしゃれなOLたちが主人公ですが、そのうちの一人が関雎児(関が姓)という名前でした。とても素直で真面目な女性役で、窈窕淑女のイメージが反映されているとともに、彼女の親もきちんとした中流階層に設定されているのですが、そうしたイメージもこの詩を名前に使うことで作られているのでしょう。